2009年01月17日
JPL異変の件:総括

JPL(じゃぱらんど)の15のSIM群が
JPL千葉とJPL静岡を最後に全て消滅しました。
1月12日に両SIMがオフラインに突入、
14日に確認したときには
マップ上からすでに消えていました。
去年12月18日にJPL大阪と奈良がオフラインになって以来、
一ヶ月を経て全SIMが消滅したわけですが
今日は総括的な意味で
この間に思ったこと・感じたことを2つ書きます。
このブログでJPLについてまとまったことを書くのは
これが最後になるでしょう。
<SL内ジャーナリズムについて>
SLのことを伝えるニュースサイトは幾つかある。
この中で、一番かっちりしたニュースを流してるのは
セカンドタイムズじゃないかな。
*セカンドタイムズ
http://www.secondtimes.net/vw/secondlife/
おそらく日系ユーザーが
最もよく見ているSLニュースサイトだと思う。
で、このセカンドタイムズが
あのJPL異変について触れた記事↓
*NaviSL、じゃぱらんど住民の方を対象に土地を無料貸し出し
http://www.secondtimes.net/info/20081224_jpl.html
唯一これのみ。
内容も半分はナビスルによる救済策で占められており、
タイトルもそれに準じている。
で、その後の続報は全く無し。
あのJPLが消滅した一件ってのは
その程度の小事件なのかね?
たとえばJPLが完全消失した、
1月12~13日前後の記事をあげておくと
「東京大学公共政策大学院
『セカンドライフまちづくりコンペ』講評会を開催」
「イタリア人映画監督、
セカンドライフと現実世界の双方で映画を製作」
「セカンドライフ内に明治時代の『桐生新町』再現 町民募集中」
「セカンドライフ内のレースグランプリ
『SL日本グランプリ』最終戦開催!」
とまあこんな感じで、
じゃぱらんどの「じゃ」の字も出てこない。
そりゃ「街づくりコンペ」や「イタリア人監督」も
「明治の町」だの「レースグランプリ」だってニュースには違いない。
でもね、物事には軽重ってものがあるでしょ。
自分がその渦中に巻き込まれたから言うわけじゃないけど
あれはSL日系社会始まって以来の一大不祥事だと思うよ。
前代未聞の15のSIM放棄、住民放棄。
これを伝えなくて何のニュースサイトかい?
どこぞのSIMで歴史イベント開催とか、
なんたら自治体がSLに進出だの
そんな記事はやたらと張り切って載せるわりには
JPLに関してはあの一記事のみで済ませて終わり。
「SLニュースサイト」の看板が泣くってもんでしょ。
まあ、セカンドタイムズも
ナビスルというSIM運営会社が関連してるから
あんまり他SIMのことをガタガタ言うのは
避けたいというのがあるのかもしれないけどね。
今回のJPLの件では
セカンドタイムズのような大手サイトが
報じたがらないか、報じる感覚がない事件を
個人ブログが補完するという感じでした。
SL内ジャーナリズムの貧困さを感じた次第です。
<JPLの責任について>
今回の件に関して
多くのブログや多くの人が
JPLの倫理観の無さ・欠落ぶりを批判している。
住民に告知もせずに平然とSIMを解約し、
今に至るまで連絡は一切無い。
当然、謝罪や釈明も無い。
だから彼らのモラルの欠落ぶりは
批判されてしかるべきだと思うけど
私がそれ以上に彼らに欠けていたと思うのが「能力」です。
能力?
SIMの管理能力?
いや、そういう日常的な管理能力のことではない。
もっと高次な能力、
すなわちSIMの「経営能力」。
JPLと同時期に設立したSIM群で
今に至るまでしっかりとSIMを運営しているところは多い。
うちの店があるSIM関連でいうと、
◇築地のSIM群
◇心斎橋のSIM群
◇元町のSIM群
この3つは
ほぼJPLと同時期かちょっと後あたりの設立。
それぞれJPLと同様に
開設から一年以上の月日がたってるわけだが
JPLは過疎化が極度に進行し、
最後は夜逃げ同然にSIM放棄を行ったのに対し、
この3SIM群は立派に運営されている。
特に心斎橋のSIM群は
今が最盛期というぐらいに人でにぎわっている。
この差は何か?
この違いは何か?
もろに経営能力の差ですよ。
一年以上の月日の間にSLの環境は変化し、
各SIM群は厳しい事態に何度も遭遇した。
前途洋々だったはずのSLの成長が急に鈍化し、
日系人口は停滞した。
さらに先日の「環境SIMショック」。
で、結局、
JPLはこの荒波を越えられずに沈没し、
3SIM群は立派に乗り越えた。
あの大マグスルにしてもそうで、
先日にマグスル2系の切り捨てという荒療治を行ったばかり。
もちろん、退去となった2系の住民はたまったもんじゃないが、
JPLのように全SIM投げ捨てるよりはマシ。
少なくとも現状打開の能力と意志を持っている。
JPLにはそれが無かった。
全ての措置が構想倒れや後手後手にまわり、
ついには今日の事態を招いた。
たとえばJPLだって
過疎化が進行して経営が悪化したのなら
マグスルのようにSIM群を縮小するという手もあったはず。
あるいは他のSIM群と接続して
共に助け合うという選択肢もあったはず。
そうやって活路を開いたSIM群も多い。
でも、JPLにはそれができなかった。
何故か?
それは彼らが「47のSIMで日本列島を構築する」という理念に
自縄自縛されていたから。
中部以西を切り捨てて関東の5SIMだけにしますよとか、
他のSIM群とくっついて列島の形は諦めましょうとか
そういう選択が最後までできなかった。
確かに「日本列島の形」は重要な理念だし目標だったろうし、
それを断念するのはつらいでしょう。
でも、にっちもさっちもいかなくなって
SIMと住民を投げ捨てるよりはよっぽどマシ。
そういう荒療治を
どこかの段階で彼らは決断すべきだった。
でも、できなかった。
これは経営能力の差。
今回の件に関しては
最終局面においてはモラルの欠如が問われるが、
そうなる一年と余月の過程においては
彼らの経営能力の欠如が今日の事態を招いた。
私がJPLの創立から今に至るまでの流れを
数回にわたってブログに掲載した意図は、
「そうなるには、そうなるだけの過程があった」
これをハッキリ書いておきたかったから。
JPLのSIM群が消滅するまでの間、
私は最後の見納めと思って各SIMを見て回りました。
その中で感動したのは
多くの住民さんが自分の土地などに
「さようなら、JPL」
「思い出をありがとう」
などの大きな文字を置いていたことでした。
恨み言の一つあってもおかしくない状況なのに
消えゆくSIMへの惜別と感謝の言葉が
地上に連なってました。
もともとJPLってアットホームなSIMだったんだよね。
そういうSIMが好きだからこそ
住民は土地代が割高になろうと過疎化しようと住んでいたわけで
運営側はこれに最悪の裏切りでもって報いた。
で、私は思いました。
「こんな素晴らしい住民に恵まれて、有り難く思いやがれ」と。
Posted by Owner 「Eri Carfagno」 at 23:12
│SL考察